藤田信雄は米国爆撃の戦犯?守り刀を寄贈して名誉市民に【アンビリバボー】

この記事は太平洋戦争時

日本でただ一人アメリカに初めて

爆撃をした男として名を馳せた

藤田信雄さんの情報について

まとめたモノです。



今回アンビリバボーで

アメリカに爆撃したただ一人の

日本人として藤田信雄さんが特集されます。

戦犯とも言える藤田信雄さんは後に

爆撃したはずのアメリカの

ブルッキングズ市の名誉市民になっています。

一体なぜ?



しかも先祖代々の守り刀を

藤田信雄さんはアメリカに寄贈まで

しています。

アメリカと藤田信雄さん、そして日本の

関係が番組で明らかになります。

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藤田信雄さんのwikiプロフィール

それでは、藤田信雄さんとは

一体どんな人物だったのでしょうか?
  • 名前 藤田信雄(ふじたのぶお)
  • 生年月日 1911年10月
  • 所属 大日本帝国海軍
  • 階級 中尉
  • ブルッキングズ市名誉市民
軍国主義だった頃の日本に生まれた

藤田信雄さんでしたが、

当時の軍の海軍に所属しており

中尉の階級まで登っていました。

1933年にパイロットなった藤田信雄さんは

後にルックアウト空爆と呼ばれる

アメリカ史上初の本土爆撃を

日本人としてやってのけた凄い人でした。



しかし藤田信雄さんは日本ではあまり

評価というか知名度は高くありません。

実際これまでも様々な太平洋戦争を取り上げる

番組はありましたが、藤田信雄さんの事に

触れる番組はほとんどありませんでした。

単独での爆撃命令!ブルッキングズ市に投下

当時の政府からアメリカの

オレゴンの山中に焼夷弾を単独で投下するように

命令を受けて行動していく藤田信雄さんですが

なぜ彼が選ばれたのか?


藤田信雄さんはとても優れた操縦技術を

持っていたらしく、

そこを評価されて選ばれました。

もちろん出向くときにはすでに覚悟を

決めた状態で敵国であるアメリカに

命を懸けて爆撃に向かいました。

平和な日本で幸せに暮らしている

私たち現代人には計り知れませんが

一体どういう気持ちで極秘任務を受けたのでしょうか?

当然家族にも言えないので、

それを考えるとなんとも言えない気持ちになります。



作戦は成功して2発の投下の内

1発はどこに落ちたか不明だったのだが

もう1発がオレゴンの山に落ち

ブルッキングズ市の周辺が燃えました。



ただ前夜に雨が降っていた影響で

すぐに火災は鎮火された為

命を賭して任務を遂行したのに

帰ってきた藤田信雄さんに対して

上官は「ただちょっと燃えただけ」と

逆に叱りつけたそうです。



恐らくそういった経緯から

藤田信雄さんのこの任務について

日本側の評価が低いのだと思いました。

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敵国のアメリカから呼び出しが・・危機が迫る!

そして終戦を迎え地元の茨城県で

暮らしていた藤田信雄さんでしたが、

ある日またも政府から呼び出しが・・



なんとアメリカ政府が藤田信雄さんを探している

という事を聞かされます。

驚いた藤田信雄さんですが、

史上初めて自国に爆撃した男を

放ってはおけない。

だから自分はアメリカから狙われている。

こう確信した藤田信雄さんは戦犯で

裁かれる事も覚悟して、

またもや政府の命令でアメリカに行く事になりました。



でも、この段階で政府って

何もしてくれないでしょうかね

(意図を聞くとか交渉するとか・・)

なんかいっつもこういう状況になると

日本って自国の国民をないがしろに

するイメージがあります。



ま、でも当時は敗戦国だし

アメリカのいう事はなんでも聞かないと

仕方なかったんでしょうね。

驚愕の展開!大歓迎でブルッキングズ市の名誉市民に

最後を覚悟して渡米した

藤田信雄さんはせめて自分の最後は

自分で終わらせたいと思い、

先祖代々の刀を懐に忍ばせて臨みました。



しかし、いざ現地について見ると

驚愕の光景が・・



なんとアメリカは藤田信雄さんを

戦犯として裁くためではなく

史上誰にもできなかった

アメリカ爆撃という偉業をやってのけた

敵国のヒーロー、英雄に敬意を払い

ブルッキングズ市で行われる

フェスティバルの主賓に招いていたのでした。



いやぁ~マジで驚いたでしょうね。

100%日本には帰れない。

自分以外は全て敵だと思い

意を決して訪れたのに衝撃の大歓迎!

私なら泣くでしょうね。



もう終わった戦いで、

アメリカ人は自分を称えてくれていた。

なのに自分は守り刀等持って・・

情けない・・という思いから

藤田信雄さんは

ブルッキングズ市にその刀を寄贈したそうです。



でも日本では全く評価されてなかったのに

相手からはこんなにも英雄扱いされるなんて

皮肉ですね。

そのお返しとして後に藤田信雄さんは

ブルッキングズ市の女学生を3人招致しました。



もちろん政府ではなく藤田信雄さん個人で・・

なのでお金がない藤田信雄さんは

生活費を切り詰めて工面しました。



その後も藤田信雄さんとブルッキングズ市の

交流は続き、なんと藤田信雄さんは

爆撃した敵国アメリカの

ブルッキングズ市の名誉市民に

選ばれることになりました。



まぁ今回取り上げられた番組が

奇跡体験アンビリバボーですが、

ホントにまさにアンビリバボーな

展開が藤田信雄さんを待っていました。

まとめ

いかがでしたか?

今回はアメリカ史上初の本土爆撃を

成し遂げた男・藤田信雄さんについて

書きました。

※その他のアンビリバボーで

取り上げられた記事はこちら

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日本の為に

日本の軍の命令で行った任務が

日本ではなく敵国のアメリカの方に

賛美され評価されると言った

皮肉な展開になった藤田信雄さんですが、

命を賭して行った任務がとういった形であれ

評価された事はせめてもの救いだったの

かもしれませんね。

最後までお読み頂き有難うございました。

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